story

店名の由来

英国スタイルのパブでありながら、ガストロミー(美食)が味わえるガストロパブとして2010年12月に創業。2020年12月に創業10年を迎えました。

店名の“THE CLAPHAM INN”はロンドン南部にある交通の要衝「クラッパム・ジャンクション駅」が由来。「イギリスで一番忙しい駅」と呼ばれるほど多くの路線が乗り入れ、ホームからホームへと乗り換え客が行き交う姿を、様々な人々を受け入れる地域の社交場であるパブの在り方となぞらえたことから、「人と人が行き交う中心点でありたい」と名付けました。

また、Innは「宿屋」という意味。江戸時代の街道沿いにある旅籠と同じように、イギリスでもパブの中には宿屋を兼ねていたところがあり、パブのみの運営になった現在でもその名前を残しているパブが多くあるほか、地方では今でも宿泊客を迎えるパブが存在しており、当店もパブであることを主張するために、この言葉を取り入れました。しかしながら、当店は宿屋は兼ねていませんのでご了承下さい(笑)。

MEMORY


「憧れ」のイギリスとは真逆の、ロンドン暮らしの始まり

1990年代後半に2年間暮らしたロンドンでの生活体験が、その後の人生観を決定づけました。
それは今の当店の在り方にも反映させ続けているつもりです。

10代終わりの頃からイギリスの音楽やファッションに興味を抱いていた私は、一度はイギリスで暮らしてみたいという想いから、縁あって渡英する幸運をつかみ、大学卒業後の1998年春に東部・レイトンストーンという街で、ロンドンでの暮らしをスタートしました。

そこで待っていたのは、それまで抱いていた、学生時代に一週間の旅行で触れた「オシャレな」ロンドンとは程遠い光景。そこは煌びやかさとは無縁で、今まで目にしたことがない人たちが住む街でした。

イギリス人といえば真っ先に浮かぶ、ポール・スミスやジョン・スメドレーなどの服を身に着けた『イギリス人的な』人などどこにもいない。
男性は割と薄汚れた服を着て、女性の身なりも決してオシャレとは言えず。

その場所で彼等と同じくらい多く見かけたのが、全く耳に馴染まない英語の話し方をする黒人(トリニダード・トバゴやジャマイカなどをルーツに持つイギリス人)や、それ以上に何を喋っているのかわからないアラブ系の顔をした人たち(トルコ人や、バングラディシュ、パキスタンからの移民)さらには、全身黒づくめで山高帽に丸眼鏡、あごひげを長く伸ばしている人々(ハシディックと呼ばれる、敬虔なユダヤ教徒の人々)など…

カッコ内に補足したことはその後住み慣れてから段々と解ってきたことですが、最初は思い描いていたイメージと全く違う人々にしか出会わない日々。
日本人に会うことはほとんどありませんでした。

戸惑いだらけのスタートでしたが、その一方で、今までにない経験、これまでと違った世界観が目の前に待っているではという、ワクワクとした思いも感じていました。

Story


「クロスカルチャー」息づくロンドンの食文化 ”THE CLAPHAM INN”の原点

想像と違ったロンドン生活でしたが、結論から言うと、移民の街に身を投じたことは大正解でした。
延べ2年間のロンドン暮らしのほとんどを、レイトンストーン、ベスナルグリーン、ホワイトチャペルなどといった、所謂「イーストエンド」で過ごしました。

今でこそ再開発が進み、ロンドンで一番ヒップな場所といわれているイーストエンドですが、元々は貧困層が集まる下町。
テムズ川沿いの港湾施設などで働く労働者階級や、迫害から逃れるために移り住んだユダヤ人、カリブ海の島々、中東系などイギリスが植民地支配をしていたことある国々からの移民が職を求めて、このエリアで暮らしていました。

そんな街に変化が起こりだしたのは、ちょうど私が住んでいた頃あたりから。
デザイナーやクリエイターがアトリエをこの地に移し始め、それに各国からの移民が持ち込んだミックスカルチャーと交わることで、街に独特の多様性あふれる「クロスカルチャー」が生まれました。

「クロスカルチャー」は、その後ガストロパブを営む私にも大きな影響を及ぼしました。
お金のない学生(のフリをしたその日暮らし)が中心部にある有名レストランなど行けるわけもなく、食事はほぼ自炊。
そしてパブでビールを飲む日々でした。

一方、週末になると色々なところで行われるマーケットに出向き、世界各国のストリートフードを味わうのを何よりも楽しみにしていました。
友人の家で行われたホームパーティーでは、集まった仲間がそれぞれの国の料理を持ち寄って、みんなで盛り上がりながら食べることが出来たのも良い思い出です。

住み始めて1年も経つとロンドンの地理にも詳しくなり、至るところにある移民街を訪れては、彼らが祖国から持ち込んだ料理を味わっていました。

勿論、フィッシュアンドチップスやコーニッシュパスティをテイクアウトでよく食べていましたし、パブや食堂などでイギリス料理に親しんではいましたが、滞在中はどちらかというと、ロンドンという街をフィルターに通した世界中の料理、即ち「クロスカルチャー」された料理を多く味わっていたと思います。
その時の経験が、現在のスタイルに反映されていると自負しています。

イギリス料理や、移民が持ち込んだ料理をアレンジ。様々なビールやドリンクとともに、多民族都市・ロンドンの魅力を、料理を通じて味わえる「ガストロパブ」

そこには人種の垣根を越えた「人と人が行き交う中心点」「クロスカルチャー」「ジャンクション」という、私の人生観を表したこれらの言葉が、常に活かされ続けています。